【奥ひらインタビュー】株式会社和幸

株式会社和幸の取り組み
枚方市東部の豊かな自然と魅力に新たな光を当てる「奥ひら」プロジェクト。

今回は枚方市尊延寺にある、ゴルフ練習場などをはじめとした複合施設「THE WAKO」や、複数の飲食店を経営している、株式会社和幸(わこう)の代表取締役 大橋綾子さんと、和幸のスタッフで奥ひらイベントをサポートする大橋ゆりさん、山口正美さんにもお話をお伺いしました。


飲食店やゴルフ場など、地元では誰もが知る施設を運営しながらも、意外に地域との接点を多く持てずにいた和幸。
しかし、一通のDMから始まった「奥ひら」の活動が、それまでの点と点を繋ぎ、新しい活動の輪として広がりを見せました。
前半は、大橋さん視点で語る奥ひら誕生のきっかけから、行政も含めた様々な人たちを巻き込みながら全力で駆け抜けたプロジェクトの舞台裏、そして大橋さんが見据えるこれからの展望についてお話をお伺いしました。
大橋綾子さんインタビュー

【普段のお仕事について】
ーー今日はよろしくお願いします。ではまずお名前と会社名、役職を教えてください。
大橋:株式会社和幸の代表取締役を務めています、大橋綾子です。
ーー株式会社和幸の事業内容をざっくりと教えてください。
大橋:株式会社和幸は、枚方東部の尊延寺で「THE WAKO」を運営しており、様々な施設を設けております。

「和幸カントリー倶楽部」では、ゴルフ練習場・ショートコース・ゴルフスクールを運営しています。また施設内の「ラ・コギ」は焼肉とラーメンが楽しめる飲食店。「Wako Marche」では、地域の人と産物を皆様にお届けできる場所として、カフェも併設したスペースをご用意しています。






ーーラーメンと焼肉という組み合わせ、珍しいですね。
その理由は、株式会社和幸が「らーめん一作」を運営しているからなんです。THE WAKOでセントラルキッチンを有していて、ここから各店舗にスープなどを届けています。なのでTHE WAKO内の「ラ・コギ」では焼肉とラーメンを同時にお出しすることができるんです。ちなみに「一作」は私の父の名前で、らーめん一作は祖父が昭和53年に創業しました。
他にも株式会社和幸では居酒屋・焼肉店など複数の飲食店を経営しています。

ーー幅広く展開されているんですね。大橋さんはその他にも何か活動をされているんでしょうか?

その他にも「枚方文化観光協会」の副理事や、枚方東部の魅力を発信する「奥ひら」の代表も務めさせていただいてます。
【「奥ひら」での活動について】
ーー大橋さんは「奥ひら」の代表をされていますが、具体的にはどんなことをされているのでしょうか?
大橋: 自分では「営業担当」だと思っています。奥ひらの名前を広めたり、外部の方と面白いコラボを考えたり。方向性や目標は、ある程度私が方針を見ながらも、みんなと意見交換をして進めていきます。みんなの「やりたいこと」と「できること」をどう形にするかが役割であり、一番大切だと思っています。
ーー他の奥ひらメンバーの方にお話を聞くと、よく「大橋さんのおかげで実現できた」と皆さんおっしゃられます。
大橋:嬉しいですね。でもこの前メンバーにも言ったんですけど、やりすぎないようにしたいんです。私の会社から人を出しすぎたり、私が引っ張りすぎたりすると「みんなで協力している感」というものがなくなるので、それぞれを尊重してやっていきたいですね。
私は独歩ふぁーむの大島さんのように野菜を作れるわけではないし、コンセプトやロゴを手がけてくれる光延さんのセンスのよさも信頼しています。そんな大好きなメンバーと、楽しみながらも一生懸命に取り組む。それが大事だと思っています。


ーーチーム感を大事にされているんですね。
大橋:奥ひらは会社ではなく「実行委員会」なので、基本はみんなで楽しく仲良くやっていきたいんです。難しい話をすることもありますけど、終わったら「じゃあまたね」と言える気軽な仲じゃないと、こういうことは続かないですから。
その中でリーダーの一番大切な役割は「調和と調整」。皆さん、価値観もやってることも違う人たちが集まっているので、お互いの得意・不得意をサポートし合えるようにするのも、私の役割だと思っています。
それに私は経営者だから余計にそうなんですが、人生において利害関係なしに「仲間」として仕事ができることって、そう多くないじゃないですか。「奥ひら実行委員会」はそういう場所になっているので、楽しいですね。

【「奥ひら」立ち上げのきっかけについて】
ーー改めて、「奥ひら」立ち上げの経緯を大橋さんの視点でお聞かせください。
大橋:私の視点で話すと、何年か前の「広報ひらかた」で枚方東部地域の特集が掲載された際、そこに和幸カントリー倶楽部が入っていなかったんですね。それを見た時、あぁ私たちはまだまだ地域に貢献できていないんだなと思ったんです。
ちょうどそんな頃に、光延さん大島さんとの出会いがあって、私もずっと抱いていた枚方東部の魅力発信をしていきたいと意気投合して「じゃあやろうか!」と動き出しました。
そこで、とある方に相談をしたんですが、そこで「まずは実績をつくる」「初めのうちはメンバーは絞る」というアドバイスをいただきました。それで大島さん、光延さん、うちのスタッフの梅垣さんも入って、はじめは少人数でスタートしましたね。
最初は大島さんの野菜、和幸のラーメン、光延さんのビール販売から始めました。「くずはモール」や「中之島美術館」、「市民の森」などのマルシェやイベント出店で商品を販売しました。





そうやってあちこちで出店していくうち、少しずつ「奥ひらって何?」と枚方の人たちにも気づいてもらえるようになっていきました。
【印象に残った取り組み】
ーー奥ひら立ち上げから2年。なかなかのスピード感で活動されていると思いますが、これまで活動してきた中で、特に印象に残っているイベントや取り組みはありますか?
大橋:一番はやっぱり「万博」ですね。それと、これまでに3回開催した「奥ひらフェス」です。



毎回、乗り越えなきゃいけない困難がありますが、実際にやってみると想像以上にお客様が来られ、楽しんでもらえているのでありがたいですね。
奥ひらフェスは、光延さんによる提案で「広い場所で、これぞ奥ひら!っていうことをやりたい」ということで、毎回枚方東部のいろんな場所で開催しながら試行錯誤しています。
今年も開催予定で、今度は東部公園とその周辺を含めたエリアで考えています。
ーー万博でのイベントブース出店は大変だったとお聞きしました。
大橋: 私はひたすらラーメンを作っていました(笑) 最終的に約2,000人くらいのお客様が奥ひらブースで食べてくれたようです。あまりの忙しさに途中でなんだか可笑しくなってきちゃって、最後の方はもうハイになっていましたね(笑)
その時は「奥ひら」、「枚方文化観光協会」、そして一緒にコラボをした「牧野愛する商店会」の方々と、みんなが一つになって協力してくれました。さらに、東京から私の娘もボランティアで駆けつけてくれて、結婚を控えたフィアンセも巻き込んで手伝ってくれていましたね(笑)

家族や仲間とみんなで同じ時間を過ごして、ようやく全部が終わった翌日には「あ。私、明日死んでもいいな…」と思えるくらいの充実感でした。人生で初めてです。
そしてやっぱり、自分は商売が好きで、仲間と一緒に何かするのが好きなんだなということを改めて実感する機会となりました。
ーーそれほど大橋さんにとって、一生忘れられない体験になったんですね。
大橋:私が生きている間に、また万博が日本に来ることって恐らくもうないと思うんです。その万博で「こんなことをやったんだ」と胸を張って言えるくらいのことはできたと思うし、自分が死ぬ時にも、きっとこの瞬間のことを思い出すだろうなというくらい、強烈に記憶に刻まれましたね。
だって枚方のブースだけがものすごい行列になっちゃって、万博側の運営委員会に怒られたんですよ。「枚方だけ並びすぎだ」って(笑)

ーーそんなに大行列だったんですか!
大橋:そうですよ。しかも遅いわけじゃなく、回転はむしろめちゃくちゃ早かったですから。私はお客様を待たせるのが嫌なので、支払いをしている間にはもうできているくらいのスピード感で回してましたね。
みんな本当によく動いてくれましたし「よう頑張ったなー」って思います。
【奥ひらの活動による手応えについて】
ーー活動を通じて広がった繋がりや、ご自身の変化はありましたでしょうか。
大橋:「奥ひら」を通じて、枚方市役所や大企業といっしょにイベントを実現させることができたのは、大きな学びとなりました。
今まで、行政の方と組んで何かを取り組んだことはなかったのですが、組んだことで市役所の方も「まちを良くしたい」という熱い想いを持っているということがわかりました。と同時に、民間とは役割が違うんだということもよくわかりましたね。
ーーどういったことが違いますか?
大橋:市役所の方はお金よりも「縁」を繋いでくれます。
昨年サイクリングツアーを実施するときにJRさんを繋げてくれました。
その出会いから今までとは違ったお客様と出会うことができましたし、自転車に乗りたい人って結構いるんだなという発見もありました。

万博の出店もそうですが、正直大きな規模のイベントを開催するとなると、市の協力は欠かせません。だからどう行政の人と協力してやるかってことが大事ですね。
市にはそうしたきっかけを作ってもらって、フットワークの軽い民間が責任を持って利益の出る事業に育てる。この自立した協力関係こそが、お互いにうまくやっていくコツなんじゃないかと思っています。
私、実は市役所の方に「奥ひらを民間と行政が組んで成功した初のモデルにします!」って啖呵を切ったんですよ。それから万博出店、サイクリングツアーと実現させて、しかも好評をいただくことができたので、胸を張って「成功したでしょ!」って言ってやることができましたね(笑)

【「奥ひら」への想い】
ーーではあらためて、大橋さんの奥ひらへの思いを聞かせてください。
大橋:人数が増えると難しい面も出てくるので、今のメンバーでじっくり話し合って、お互いをより理解しながら進めていきたいですね。地域の方とも、地域外の方とも「奥ひら」というブランドを一緒に育て、新しい発見をしていければ面白いだろうなと思っています。
地域活性化は、まずは地域の人が喜んで、それを外の人にも喜んでもらえる形にしないと意味がない。そのためには「和幸」としても「奥ひら」としても、それぞれで関わる人たちが、ちゃんと利益を生めるような仕組みを作りたいと思っています。

【今後の展望について】
ーー今後の展望、あるいは「奥ひら」を通じて成し遂げたいことを教えてください。
大橋: オリジナル商品を作って「奥ひらブランド」を確立していきたいですね。
というのも、「枚方らしさのあるものがまだまだ足りない」と感じていて、奥ひらのメンバーだけじゃなく、市内のいろんな事業者さんと組んで、ここでしか買えないブランドを開発したいと思っています。
いま考えているのは、家でも奥ひらを体験できる「体験キット」のような、あえて未完成の商品ですね。
ーー「未完成の商品」ですか?
大橋: 例えば、完成された料理のパウチとかではなく、自宅で作るキットだったり、ビールにホップを自分で足せるとか、そういう遊び心が欲しいですよね。
というのも、道の駅なんかに行くと、お菓子やうどんなどの完成されたものってたくさんありますよね。でも、それって「買って終わり」になってしまう。
そうじゃなくて、受け取った人がちょっと手を加えることで奥ひらを感じられる、そんな「体験」を届けたいんですね。

よく「道の駅を作ればいい」という声を聞きますが、私は建物(ハード)はいらないと思っています。立派な箱を作っても、10年後には廃れて維持費だけがかさむなんてことになりますから。
今は宅配で何でも送れる時代。次の世代に負の遺産を残すのではなく、知恵とサービスで勝負していかないといけないと思います。
次の世代に向けて、この地域の喜びと利益が続いていくような、そんな仕組みをこれからも知恵を絞って作っていきたい。
それが私の想いであり、展望ですね。

スタッフ 大橋ゆりさん・山口正美さんインタビュー
後半は奥ひらをサポートする大橋ゆりさん・山口正美さんにインタビュー。社長である大橋さんの人柄や、奥ひらへの想いをお伺いしました。

【普段のお仕事と、「奥ひら」の関わりについて】
ーーお名前と、普段のお仕事についてお聞かせください。
ゆり:大橋ゆりです。「THE WAKO」で企画・広報をしています。「奥ひら」ではイベントの出店をはじめとした、外販も担当しています。
山口:山口正美です。私は普段、THE WAKO内にあるレストラン「ラ・コギ」で調理・接客を中心にしているんですが、その他にも外販責任者という肩書きで、「奥ひら」も含めたイベント関連や、お弁当の配達、送迎バスの運転などをしています。

ーーバスの運転も! すごいですね。
ゆり:山口さん、大きいバスも運転できるんですよ。
山口:時々ですけどね。
ーーお二人は最初から「奥ひら」に関わっていましたか?
山口:私はいつの間にか「奥ひら」担当になっていましたね(笑)
ゆり:手伝っているうちに、そんな感じになってましたね(笑) でも奥ひら誕生のきっかけは実は私も関係しているんです!私が「THE WAKO」のInstagramを管理しているんですけど、そこに「THE HOTANI CRAFT」の光延さんからDMが来て、大橋社長に伝えたところ、「面白そうやん!」となって繋がったんです。なので私がDMを無視していたら「奥ひら」は生まれていません(笑)

ーーちなみに、お二人から見て、社長である大橋さんってどんな方ですか?
ゆり:そのまんまですよ(笑)
山口:パワフルで裏表がなく感情豊かな方ですね。いい意味で社長っぽくなくて、親身になってくれる方です。あと、現場が好きな人なので、そこまで手伝わなくていいですよっていうくらい、手伝ってくれますね。



ゆり:じっと出来ない人なんです。 一日中ずっとあのテンションですから!
【印象に残った取り組み】
ーーお二人は「奥ひら」で様々なイベントに参加されたと思いますが、特に印象に残った取り組みがあれば教えてください。
山口:やっぱり万博ですね。今までで一番忙しかったのと同時に楽しかったです。1回お客さんが来たら途切れることなくずっと動いていて、その状況を見て社長が「回転が命やから!急げ、急げ」ってずっと言っていたくらいで(笑)
ゆり:もうレジで支払いが終わる前には、商品が出てるくらい早くて。レジの処理の方が追いついてなかったよね(笑)
山口:実はそこで奥ひらメンバーが初めて全員集まったんですけど、みんなチームワークがめっちゃよくて、完璧でしたね。

ーー万博に出店したことで反響や、自分の中での影響はありましたか?
山口:奥ひらが周知されたことですね。みんなが楽しんでくれたり、「こんな場所があるんや」って結構興味をもってくれた人も多くて。それを直接見ることができたことで、奥ひらを広めていって良いんだなという自信につながりましたね。
ゆり:現場でみんながひとつになって動いて達成したという経験は、大きな手応えを感じました。“Oneひらかた”やなって言ってたよね。
山口:そう、“Oneひらかた”(笑) 今後どんどんそうなれたら素敵だなって感じましたね。
【地域への意識の変化・つながりについて】
ーー「奥ひら」に取り組む前と今とで、なにか変化はありましたか?
山口:働き方の意識が変わりましたね。「奥ひらのために何かできないかな」と自発的に考えるようになりました。
ゆり:確かに。以前は自分たちの拠点の「和幸」にずっとフォーカスしていましたが、「奥ひら」に携わってからは、この地域全体を盛り上げていきたいという視点に変わりましたね。
山口:もっと地域の人たちと、より密接な関係を築いていきたいです。

ーー実際に、地域のどんな方と関わるようになりましたか?
山口:穂谷でハーブを栽培されている方や、コーヒーを扱っている方など、地域に目を向けると実はいろんな方がいることがわかりました。
先日も、地元の農家さんが作った白菜と、ラ・コギで作っているキムチの素を使って、一緒にキムチ作りワークショップを開催したんです。なかなかキムチづくりって学ぶ機会がないので、地域の方が自分の畑の白菜でキムチ作りができたことに喜んでいただけました。この発想も「奥ひら」という活動をしたからこそだと思います。



【「奥ひら」への想いと、今後の展望について】
インタビュアー:お二人の奥ひらへの思いや展望についてお聞かせください。

ゆり:最近は「奥ひら」という言葉だけが一人歩きしている部分もあって、名前は知っているけれど、誰が何をやっているのかまでは、まだ十分に伝わっていない気がするんです。
行政の取り組みだと思っている方もいると思うので、広報担当として、その辺りちゃんと知ってもらえるようにお伝えしていきたいですね!

山口:私は奥ひらの特産物のようなものを作って、「奥ひらブランド」をもっともっと皆さんに広めていきたいです。みなさんが思っている以上に自然豊かで魅力がたくさんあるので。
ゆり:この前もジンジャーエールの話で盛り上がったんですよ。この辺りで栽培したショウガを使って、あえて癖の強い味にしたいなって。万人受けじゃなく、あえてマニアが出るような独自性を出したものが作れたら楽しいですよね。
山口:癖のあるやつ、作りたいですね(笑)

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